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CHP report – Sep「家族の一例」

2014.09.24 / CHP report

以前、「公益社団法人 難病の子どもと家族に夢を」様が活動されているウィッシュバケーションに当事者としてエントリーさせていただいた事があります。(そのときの様子はこちら)その事前準備の折に、結婚・出産・発病・現在・未来と振り返りながら「家族に教えてもらった事」という題名でレポートを提出する事になりました。これは、家族が今までの時間を振り返る事で何らかの気付きを促す事と、当日にボランティアで私たち家族をサポートしていただく企業の皆様に、難病の子どもや家族について事前に知る事を目的としたレポート。という位置づけでした。

今回の CHP report は、こどものホスピスプロジェクトが対象とする子どもやご家族の様子を感じていただく一例として、その時に提出したレポートを見ていただこうと思います。

以下はそのレポートになります。


家族に教えて貰った事:「ただそこにある幸せを噛みしめる」

●結婚・出産
出会ってすぐ「いいな」と。真っ直ぐな明るい雰囲気に惹かれたし、そもそも顔が好みだった。最初は警戒した様子だったけど、いつしか一緒に過ごす様になっていた。週末になると「美味しい食べ物」を目指して遠くまで車を走らせていた。よく働き、よく遊ぶ、そんな毎日。

運転中に子どもを授かったと。なにわ筋の堀江公園あたり。かなり焦ったけど、中央大通の交差点を過ぎる頃には「結婚しよっか」と言えた。まずまずの時間差で返答が出来た。ほどなく入籍。だんだんお腹が大きくなり、マタニティグッズを揃え、友人から赤ちゃんアイテムが届き、あれよ、あれよ、と時間が過ぎて行った。分娩室の前にある椅子に座り、産声を聞いた時は本当に嬉しかった。初めて我が子を抱いて、親になる覚悟を心から決める事が出来た。

●発病
1月後、痙攣をする様になった。日を追う事に回数は増えていった。気が付けば、日に100回を超えるほど悪化していた。あらゆる検査をしたけど、原因は特定出来なかった。立つことも話す事も出来ないだろうと医師は告げた。色んなお薬を試した。とても沢山。それでも発作は止められず、大きく、激しく、酷くなる一方だった。何回も集中治療室へ入り、その度に死線を行き来した。あらゆるモノに願ったけど、叶えてはくれなかった。

同じくして、ママはとても傷んでいた。本当に、傷んでいた。自由は完全に奪われていた。次の子どもに消極的なボクもいた。なにより、そうちゃんを産んだ事、そう考える自分を許せないでいた。親としての喜びを、我が子から得る事も叶わずにいた。ボクは隣にいたけど、ママは一人に見えた。悲しい時間だけが過ぎていった。ある日、キッチンの片隅で、声も出さずに大粒の涙をボロボロと流しているママを見た。今でも心に焼き付いている。こんな事を続けてはいけない。心からそう思った。

ルールを決めた。2人にとって、とても大切に思えた。心が凸凹した時、2人に違いが生まれた時、色んな場面で自らを取り戻す為に必要なルールだと思えた。

・ありのままで良いと、心から思える自分である事。
・病気を十分に知り、最高の医療を受けさせる事。
・看護や育児は2人で同様にシェアする事。
・なにより、ママとボクが幸せになる事。

決めたルールを頼りに、思いつく事をやってみる事にした。ママは勢い余ってソムリエのライセンスを取得した。自分の才能に気づき、今では気の合う仲間と忙しく人生を楽しんでいる。もちろん、ママはそうちゃんを心から愛せている。より良く生きる為のルールはとても大切だと実感した。

●現在・未来
大きな山を越えたかに見える我が家だが、悩みや痛みは消えてくれる訳では無い。子どもの体調は凸凹するし、ママもボクも十分に向きあえてない部分が残っている。痛いものは痛いし、悩ましいものは悩ましい。でも、そんなこんなを抱えながらでも、こうして元気に生きて行く術を見出せた我が家はとてもラッキーだと感じている。

幸せの感度計は誰にでも備わっている。残念なのは、その存在を忘れてしまう事のようだ。子どもの吐息や体温にアンテナを向けてピピピッと。たったそれだけで、超最高ハッピーになれてしまうのだ。ただそこにある幸せを噛みしめる事はココロの平穏を高めてくれる。

学問なき経験は、経験なき学問に勝るそうだ。この優位を活かしたライフワークが地味に、そして着々と進んでいる。唐突に訪れた苦悩ではあるけれど、それ以前には到底辿り付けなかった意義のある世界にリーチしている。ビジネスマンであるボクにとって、楽しみは無限大という事。だからこそ、キレイ事抜きで、過去も現在も未来も、そうちゃんと出会えた事に心からありがとうと言える自分でいられる。そうちゃんにぞっこんラブなのだ。(古・・・)


ここまでがレポートです。

限られた文字数で7年の月日を伝えるのは難しいと感じながら書いた記憶があります。紹介が遅れましたが、我が家の子どもの名前は宗一郎。そうちゃんと呼んでいます。そうちゃんは症候性全般てんかんと言う症状があります。1日の中で度々起こる強直発作があり、その度に呼吸がままならない時間が1分ほどあります。生後すぐにこうした発作が多発したので脳の発達が著しく阻害されました。言語、四肢ともに不自由な状態にあります。最近、安定的な呼吸を確保するため、気管切開の手術を行いました。残念ながら、24時間の見守りがなければ、自ら生命を維持する事が出来ない子どもと言えます。こどものホスピスプロジェクトが対象とする子どもとしては第一優先とは言えませんが、第二優先といったポジショニングにある様に思います。

こうして振り返ると様々な葛藤があった様に思います。体験の初期は、聞いた事もない病気。狭い病室での寝泊まり。何年にも及ぶであろう入院生活。予後が悪く治せないという事実。意味もゴールも無い「なぜ?」のループ。無力感。仕事と介護の両立。こうした事に思い悩む日々を長く過ごしていました。そうした中で特に記憶しているのは、病室での緊急救命の場面です。急激に低下する血圧。モニターから激しく響く警戒音。ドタバタと駆け足で集まる医師や看護師。子どもの生命を繋ぐ懸命の処置。1人病室の外に出され、自分の心臓の音だけがドキドキと聞こえ、無力さを痛烈に感じながら、子どもの生命を救って欲しいと、ただただ願うあの光景。もう2度と遭遇したくないシーンです。こうした場面を幾度となく乗り越えたそうちゃんと今を過ごしています。

今回、皆様にお伝えしたかったのは、この様な体験をしている子どもやご家族が日本に20万人もいる。という事。そして、その中でも、より生命のリスクが高い子どもが2万人いると言われています。個別のケースを想像する事は難しいと思うのですが、どんな状況にある子どもやご家族であっても「幸せで、楽しい時間」が必要。きっと、ここは想像出来ると思うのです。私たちは、もし、そうした大切な時間を、病気によって見失った子どもやご家族がいるなら、その大切な時間を取り戻すキッカケを提供したい。と言う活動を行っています。そのキッカケに作用するであろう様々な取組を、遊びや学びの専門家、医療従事者、多くのボランティアと共に実践を重ねています。よき隣人として、よき友人として、子どもやご家族と共にありたい。そう願う仲間を、もっともっと、日本全国に生み出したい。そう願っています。

さて、来年の今頃は、こどもホスピスのオープン準備で大忙しのハズ。私たちが対象とする子どもやご家族が、気兼ねなく集える場がもうすぐ誕生します。まだまだ準備すべき事は山の様にありますが、現在の活動を大切にしながら、1歩1歩丁寧に進めていきます。引き続き、皆様のご支援を宜しくお願い致します。

最後までお読みいただきありがとうございました。@TAKABA

※CHPとはchildrens hospice project の略。一般社団法人こどものホスピスプロジェクトの通称として使用しています。