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CHP report – Nov.「治ってからまた勉強したらいいじゃないか」

2015.11.13 / CHP report注目記事

久保田鈴之介くんのご家族から手記が届きましたのでご紹介させていただきます。

読み進む中で、治ってからまた勉強したらいいじゃないか・・・何気なくかけられらるこうした言葉が持っている意味について、このサイトをご覧の皆さんに知っていただける良い機会のように感じました。そして、鈴之介くんが切り開こうとした未来、意志。それは、脈々と受け継がれ、私たちの活動に活かされていると実感しています。鈴之介くん、ありがとう!!


DSC04200ユーイング肉腫という小児がんで息子の久保田鈴之介が亡くなったのは2013年1月30日のことでした。「あと1ヵ月で高校卒業式、みんなで卒業しよう!」って言ってくれた友達の言葉も叶わず、18歳の若さで逝ってしまいました。周りのみんなを喜ばせる、とても明るくて、とてもいいやつでした。親である私の目から見ても、自分の子どもという感覚より自分の友達になって欲しい、ステキな少年でした。

中学2年で最初に発症した時の闘病生活、何もわからないまま抗がん剤治療、手術治療が1年間続き、学校に復帰しました。病院や周りのみなさんに、よくしていただいて感謝一杯、また鈴之介にとっても院内学級で同じ境遇にある闘病仲間と色々な話をしながら過ごした日々は忘れられない時間だと話しており、苦しくも楽しい時代だったとおもいます。しかし、高校2年で再発、病院には高校生の院内学級がなく、ベッドとカーテンの空間の中で孤独と「命をおびやかす」精神的苦悩と闘わなければなりませんでした。「治ってからまた勉強したらいいじゃないか」と善意で言われても、実質は学校から教育が絶たれ、閉ざされた社会の中で人間の尊厳が失われていくとても辛い時代だったと思います。

鈴之介は大量化学療法の後、退院する時に、次に入院する高校生のために院内学級の設置をメールで首長に訴えました。大阪府・市では高校生の院内学級ではなく、非常勤講師派遣制度、インターネット遠隔授業という形ですが、制度化されました。また再々発した時には院内学級の改善・小児がん患者成人後の課題を国へ訴えました。結局、自分の身体の治癒が出来ずに亡くなってしまったのですが、「みんなのために」という『生きる活動』を最後まで諦めず、いや亡くなった今でも遺志を継ぐ我々の心身を陰で動かしながら『生きる活動』を続けているのだろうと思います。高校生の講師派遣制度は、今や大阪に続き、神奈川県、愛知県、福島県と拡がりました。

ホスピスは病気を持ったこどもが遊ぶ・楽しむという場は勿論ですが、院内学級と同じように学びの場、仲間づくりの場として何か実現出来ないものだろうかと思っています。病気を持った子どもたちは社会や学校から閉ざされ、みんなと同じように出来ていない自分に『孤独』を感じています。ホスピスは楽しいひと時の宿に留まらず、こころのやすらぎ、楽しい体験とともに社会と共存できる場になれば・・・と思っています。院内学級ではなく、ホスピス内学級によって教育に参加できる。また、ホスピスの中では各種のボランティア集会が常時開かれており、そこに患者が参加することによって、社会貢献しているという気持ちを共存する・・・等々、夢は拡がっていきます。

ビートルズのジョン・レノンはこう残しました。『ひとりで見る夢はただの夢、みんなで見る夢は現実になる!』TSURUMIだけでなく、大阪だけでなく、日本だけでなく、世界の子どもたちへ幸せを運びたい。

DSC_1137私たち夫婦は2015年の夏に、かつて鈴之介が国際交流していたウェールズのアベリストウィスにあるペングライス高校に訪問してきました。そこには鈴之介が亡くなって植樹していただいた立派な記念碑があり、孤独ではなく、海の向こうでも仲間のやさしさを感じました。また、その道中でオクスフォードにある世界最初のこども・若年成人のためのホスピス「ヘレン&ダグラスハウス」に訪問させていただき、子どもや若い成人のホスピスの実情を学ばせていただき、上記のような夢へと発展しました。TSURUMIこどもホスピスがみなさんの支えで素敵なホスピスとして運営されることを切に願っております。大切なことはどれだけ『愛』を拡げられる社会をつくるか、ということだと思うのです。

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